奄美群島のお盆行事紹介(徳之島町)

 今回のお題、奄美群島のお盆行事紹介について、徳之島町より情報提供がありました。

① 七夕とお盆は、東京では全くの別物だった。
   それぞれの地域でやり方、考え方が違うと思いますが、七夕を上げることによって、神様がお盆前に天から舞い降りて来ると言う事で
   新の7月7日ではなく、旧の月に合わして行っております。

②  東京では「提灯」で迎えに行かない。
   徳之島でも提灯を下げて迎えにいっていた記憶が定かではないですが・・・・
   昔は、新盆(ミィボン)のところは、亡くなってすぐですので、道に迷ってはいけないということで、提灯を灯してお伴すると聞きました。
   今では、簡素化されていて、ただ墓に迎えにいっているだけだと思います。
   墓に迎えに行ったら寄り道せずに・・・とは言われたものです。

③ なすの牛ときゅうりの馬が、奄美にはいない。
   徳之島でもないです。
   昔はあったかもしれませんね
   今では、ほとんど簡素化されて昔の風習が無くなって行っているように思えます。

   お盆のしきたりは宗派や地域によって異なりますが・・
   我が家でも仏壇の中にある位牌を取り出して、ご先祖さまの霊を迎える盆棚を設置して、位牌を安置し、お供え物をします。
   その傍には、提灯を立てて、常に灯りをともしておきます。

④ 「送り火」はあっても、提灯で送らない。
   徳之島町でも各集落ごとに違います。
   亀津・亀徳地区は、提灯を持って墓まで先祖を送って行き墓前に供え物などして、兄弟が集まって語る。
   新盆(ミィボン)の場合は、親族が集まって、杯を交わし、暗くなると提灯に火を灯しながら語る。
   足元がみえなくなるぐらいまで、墓前で語り、名残惜しんで帰ります。

   徳和瀬・諸田地区は、提灯を持って墓まで行かずに、家の門口でお別れすると言う・・・

   井之川地区は、15日の送り盆は、墓には行かないで、その後の1週間後に集落全体で浜下りがあり、
   海岸にてそれぞれ親族があちらこちらで、敷物を引いて、供え物を持ち寄って、先祖を送りだすと言いいます。

   集落ごとでも違うし、伊仙町や天城町でも違うと思います。
   
⑤  お墓の前で飲食はしない。
   お盆は、ご先祖や亡き人の霊を迎えてていねいにもてなし、父母の長寿を 願い、ともに祝い祈る供養の
   行事でもありますので、徳之島では、ほとんどが墓前で先祖に語りかけるように親戚一同が酒を酌み交わしております。

⑥ 奄美のように、お盆中の食事は決まっていない。
   徳之島でも決まっていないです。
   先祖が好きな好物などを供えたりしているところでもあります。
   朝・昼・晩と家族の人と同じ食事を供えたりしています。

⑦ 盆踊りを踊るところはあっても、八月踊りは踊らない。
  決まりはないと思いますが・・・・・
  全員が輪になって楽しく踊れる踊りをしております。
  今では、徳之島ワイド節など地元の方が知っている歌や踊りをしております。
  私たちが、祖先に感謝し生きていることの喜びを表現するために踊ると言ったところですかな(^^)