奄美大島への移住支援サイト ねりやかなや

「ねりやかなや」とは奄美地方の方言で、
「海のかなたの楽園」の意味です。

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つっちぃ

つっちぃ ~ミュージシャンから農業家に転身~

(2016/9更新)

シングルアゲイン アラフォー 茨城出身 奄美大島在住 農業家兼居酒屋亭主兼音楽プロデューサー

ATOMIC TORNADO(ヘビーメタルバンド)の元ボーカリストで、サウンド・エンジニア、音楽プロデュース、楽曲提供、歌唱指導など、幅広く音楽活動をしていました。

でも、バンドとヘッドフォンの影響で難聴が悪化、第2の人生を考え始めました。
音楽業界の中でのある程度の地位も築いていたけど、「人生、もっと面白いことをやりたい!」。自然と携わっていける田舎に引っ越そうかなと思っている時に、奄美大島に来たことが運命を決めました。

2014年に移住し、今は、音楽プロデューサー、農業、居酒屋経営と3足のブーツです。

どうして奄美大島だったの?

偶然の出会いが、僕を農業の道へ導いてくれたから

奄美大島との出会いは、音楽が導いてくれました。

  これからは都会じゃなくて、田舎に暮らそう!
  自然と共に生きていく選択をし、音楽の第一線と少し距離を置いて一度ゼロからスタートしよう!
 

最初は奄美群島の離島や東京の離島に興味を持ちましたが、そのうち北海道の利尻島か富山の氷見で漁師になろうと思い、打診してみました。漁師見習いとして受け入れてもらえることが決まり、数年以内に準備を考えていました。そんな折に奄美の歌姫、西平せれなちゃんのレコーディングとライブのために奄美大島に来たことで人生が変わりました。

奄美大島に来た際に、釣り好きの僕にせれなちゃんが自分の叔父さんを紹介してくれました。その叔父さんに釣りに連れて行ってもらいましたが、その道すがら、「一緒に農業やろうよ」って口説かれちゃいました。なんとその叔父さんは定年までは東京でサラリーマンをしていて、農業とは全く縁がなかったとか。でも、島に移住してきてから農業を始めて、今は無農薬無施肥の炭素循環農法で栽培していると聞きました。

僕は「えー、農業?」と思いましたが、なんだか新しい世界が見えてきてチャレンジする気になって、唐突に奄美大島に移住しちゃいました。興味がありつつも、僕には難しいと考えていた農業。その農業ができるという事で思い切って決断できました。漁師は興味がありましたが、よく考えたら船酔いするので難しかったですね(笑)

奄美大島には、2003年に、市民ミュージカルの音響と歌唱指導で来たり、当時の名瀬市のイベントプロデュースを頼まれたことがあり、それなりに知り合いもいたので、移住を決断する要素になっていたと思います。音楽の一線とは距離はおいても、つかず離れずの関係になっていたことも事実でした。

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農業はどうやって覚えたの?

営農支援センターを利用しました

保証人が島の人でないと家を借りられないことが多いと聞いていたので、西平酒造のマンションを貸してもらうことにしました。奄美大島を紹介してくれたせれなちゃんは奄美黒糖焼酎の蔵元「西平酒造」が実家で、西平酒造には住まい以外にもいろいろ助けてもらっています。離島などは知り合いがいないと受入れが難しいようなので、本当に生活していけるか、現地に何度も足を運ぶことは重要ですね。僕の場合も移住する前に何度か島を訪れて知り合いができたので助かりました。

住まいに続いて、農業を始めるのも島の知り合いが助けてくれました。
「さて、何から始めたらいいんだろう?基礎もわかってないし。」と悩む自分に、せれなちゃんの叔父さんが「基礎を学ぶなら、営農支援センター※があるよ」と教えてくれました。すぐに営農支援センターが募集している青年農業の育成コースに応募しました。 

※営農支援センター:新規就農者・担い手の栽培技術取得などを支援している公的機関。奄美大島は奄美市と瀬戸内町にあります。詳しくはこちら

いつも募集定員割れで比較的合格率は高いのに、僕が応募したその年に限って希望者が多くて面接で落選!ショックでした!研修を受けると農地を斡旋されると書いてありましたが、2年間ハウスを無償で借りる以外に自分で農地をすぐに探せることが合格基準でもありました。将来的に地域に根付いてやっていけるかという部分が重要視されますので、移住者には不利な部分が多々ある面接でした。さらに、音楽業界にいたころから金髪が僕のトレードマークで、金髪のまま応募。「チャラついているから、不合格になるんじゃないの?」と周囲の人には思われていました(笑)。でも、その後すぐに思いが通じたのか、繰り上げ合格できました。

一年間、営農センターで研修したのち、せれなちゃんの叔父さんをはじめ地元の農家の皆さんに農地を斡旋してもらいました。研修センターでは農業の基礎を勉強し、パッションフルーツやカボチャなどの栽培技術、経営方法など農家として必要な知識を得ました。そして、大事な農業仲間とも知り合えました。いろいろな野菜・果物の知識が豊富な方々にアドバイスをもらいました。でも、パッションフルーツは比較的新しい作物なので、僕が栽培や加工の新たな提案をして、先輩方と意見が合わないこともありますよ(笑)。

しかし、農業研修を受けても、なかなか食べていけるものではありません。研修卒業生の先輩のほとんどの人が、生活が立ち行かなくなっているのも事実です。また、年間150万円の青年就農給付金を目当てに研修を受けて、研修後は農業をあまりやってない人も多く見受けられます。

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島暮らしは軌道に乗っている?

仲間が増えて、いろいろなことにチャレンジ中です

移住者であり農業初心者なので、試行錯誤の連続です。作業配分がうまくできずに収穫が遅れたり、収穫のタイミングを間違えたりして様々な作物の栽培に失敗しました。ネズミとイノシシにカボチャを全滅させられたり、暑すぎてトマトの苗が1200本ダメになったこともありました。でも、経験としてトライすることが大事だと思っています。赤字にはなりましたが、知識は得ました。研修では決まった品目のみを勉強するので、卒業後に自分でいろいろな作物に挑戦するしかありません。

農業2年目の今は、農薬不使用の特別栽培を基本にパッションフルーツ、カラフルトマト、イタリアントマト、カラフルニンジン、ズッキーニなど様々な野菜を栽培しています。営農センターで学んだ一般的な農法と、炭素循環農法の良い所を混ぜた独自の農法を模索しつつ作っていますが、研修期間も入れると栽培2年目のパッションフルーツが2年連続で糖度20度、19度と信じられないくらい甘く育ったので、自信が持てました。農業は大変なこともありますが、奥が深くてワクワクします。こういった嬉しい出来事もあるし、農業青年クラブに参加して情報交換や交流を深めるのも楽しいひと時です。

作付面積も増やしていて、現在、ビニールハウスは奄美市から借りたものと奄美市から特別譲渡してもらったものを併せて10棟、それに露地栽培が60a。全部一人でやっています。農業仲間にびっくりされています。今後は、ドラゴンフルーツを品種改良し、誰が食べても美味しいと思うドラゴンフルーツを作って行きたいです。野望の持ちすぎかなぁ(笑)。

農業だけではまだ食べていけないので、音楽活動の傍ら、営農センター卒業時、移住2年目から居酒屋も始めました。西平酒造の使っていなかった酒蔵の一部を貸してもらい、”創作キッチンbarくらふと”と名付けました。「作る」の「craft」と「酒蔵」の「kura」を文字っています。自分で作った野菜や果物を自分で料理して提供するお店で、その日に採れる野菜を使っての料理なので、おまかせコースだけ。家賃は内緒ですが、サービスしてもらっています。名瀬は物件の質にかかわらず、意外に高いものが多いです。

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大好きな釣りに行っている時間が取れないくらい、今は忙しいです。マルシェも始めたし、島の若者たちと奄美ファーマーズ・マーケットというグループを作って島内外での販売やイベントなど、積極的に仕掛けています。そのうえ、創作キッチンbarくらふとをやっているから当然ですよね。でも、新しいことにチャレンジしていくのは楽しいですよ。
島の若者はアイディアをたくさん持っているけれど、形にして実現していくことが苦手。僕は音楽を通じて身に着けた世に出していく活動は得意なもの。だから、島の若者たちと一緒に取り組んでいくといろいろ進むんですよ。
農業変革万歳!

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僕らのビジネス

創作キッチンBARくらふと

つっちー5
僕や仲間が作った野菜を中心に、その日に採れたものを提供するヘルシー料理のお店です。

〒894-0012 奄美市名瀬11-21
電話:080-9241-9297
家業時間 19:00~22:30
完全予約制
料理おまかせコースのみ(7品)¥2,500
(税別、ドリンク別)

 

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