プロフィール#ファミリー #アラフォー #兵庫県出身 #フルリモート #パラレルワーク兵庫県生まれ、就職後東京で11年過ごした後、2018年に奄美大島に夫婦で移住。移住後は奄美大島で生まれた娘2人と家族4人で、奄美大島の大都会(奄美市名瀬)で6年過ごした後、長女の小学校入学を前に海沿いの集落(奄美市笠利)に引っ越し、現在はそちらで暮らしています。社会人としてはシステムエンジニアとしてSIerに就職した後、コンサルティング会社の経営企画部で情シス・営業企画・広報を担当。その後転職した大手新聞社グループのマーケティング支援会社にてグロースハッカーを務めている最中に、夫婦で奄美大島に移住しました。最初は会社を辞めて移住するつもりでしたが、代表の意向と後押しがあり、会社に所属したまま移住しフルリモート体制で勤務することになり、奄美大島支社の立ち上げや、事業部長などを経験しました。現在はコンサルティング会社に転職し、フルリモートでのコンサルタントとしての活動を主に、移住当初からパラレルワークをしているため、いくつかの会社でマーケティング・広報・事業開発などのサポートを行っています。Q.なぜ奄美大島に移住したの?A.南の島に行きたい!そのとき「暮らせるイメージがついた」島移住を考えたきっかけは、普通の会社員として働いている私と、美容師の妻だと生活サイクルがまったく異なっていたことから、個人としても夫婦としても「時間の使い方を変えたい」と考えたことでした。時間の使い方を変えるために、時間の流れが違うイメージがあった(実際どうかは今でもよく分かっていませんが)「南の島に行きたい!」というテーマが決まり、移住先を探すことになりました。なので、移住自体を目的として深く考えたり移住先を厳選しよう、という発想はなかったですし、「奄美大島に移住したい」という具体的なイメージから始まったわけでもないんです。移住は手段としか考えていなくて、「自分たちがやりたいことを叶えられる、在りたい暮らし方を実現するために環境を変えてみよう、ここならと思える場所を見つけて、ダメだったら都会に戻ってもいいから一度チャレンジしてみよう」というスタンスでした。移住先探しでは、東京からアクセスしやすく、美容師の仕事ができるようなある程度の規模があるいくつかの島をピックアップ。情報収集したり、実際に訪れたりしていた中で、それまで訪れたことがなかった奄美大島のフリー滞在プログラムを申し込んでみることにしました。フリー滞在プログラムで島のみなさんの温かさに触れ、生活環境なども詳しく伺うことができたことから「この島なら暮らせそう!」と夫婦で意見が一致。きれいな海だけでなく、広大なマングローブをはじめとする山や森、滝など幅広い自然の魅力も後押しとなり、奄美大島に移住することに決めて準備を進めることになりました。Q.移住するときに大変だったことは?A.大変だったのは引っ越し!もっと大変だったのは住んだ後!前述のとおり、私は東京でしていた仕事を継続することと、妻は当時行われていた「ジョブセンバ」というイベントで知り合った方の美容室で勤務できることになったので、仕事については苦労しませんでした。家探しも、島に来たタイミングで相談した不動産会社の方が、たまたまその日に募集開始したちょうど良い広さのアパートがある、ということで紹介してくださり、即決。大家さんも特に「島の人じゃないと…」とこだわるような方ではなく、スムーズに手続きを進められました。仕事と住む場所は決まり、引っ越した後に乗る車も手配でき、いよいよ引っ越し…!我が家は協議の結果、当時横浜で使っていた家電家具を持っていくということで、比較的がっつり引っ越しが必要に。ただ、荷物を運ぶのに1週間かかる、ということを説明を受けて初めて知る始末。人は1日で移動できるものの、荷物は1週間かかる(海況次第ではもっとかかる可能性もある)ため、最初の1週間、どう暮せばいいんだ!?と戸惑いました。が、最低限必要なものはダブってしまう覚悟で買い揃え、なんとか引っ越しは無事乗り越えられました。また引っ越しは無事に終わっても今度はインターネット回線がひけるまで1ヶ月以上かかり・・・。WiMAXがギリギリ使えたのでなんとか凌いでいましたが、仕事の面を考えるとしんどかった時期でもあります。さらに言うと直感で決めてすぐ準備して引っ越しを進めたので、事前に島の生活でどういうことが起こるのかという情報をキャッチアップできていなかったんですよね。いまならゆるゆる交流会で話を聞けるのですが、当時はそんなオンラインイベントもなく・・・。なので、どちらかというと住んだ後の洗礼の方が大変でした。家の中にアオダイショウが入ってきたり、ゴミ捨て場にハブが出たり。台風が来て半日くらい停電したのですが、何を備えればいいか分かっていないので、ろくに備えもできていない。ただただ雨漏りしてきたところにバケツ置いて窓壊れないか心配することしかできない(笑)。ネットショッピングで買ったものが着くまでに時間がかかるのはすぐ慣れましたが、台風が来たりして船が止まるとスーパーの棚まですっからかんになるとは知らず、買い物に行って唖然としたり、フェリーの運行状況をあわててチェックするようになったり。でも、そこで失敗しながら学習して、徐々に順応できていったように思います。島の人たちにとっては当たり前のことなので、「みんななんとかできているんだから大丈夫」って言い聞かせてだんだん慣れていった感じですね。Q.フルリモートで働くのは難しい?A.慣れれば問題ないことが多いですが、大変だと感じる時も(たまに)あります基本的にはコロナ禍の時期にはみんながフルリモートで仕事していたわけで、フルリモートで働くのが難しいというわけではありません。自分のペースができあがってくれば、むしろ仕事が進めやすく生産性が上がる傾向になると思います。また奄美大島はネットワーク環境なども比較的安定しているので、自分の仕事場としてのスペースをしっかり確保できさえすれば、仕事自体は快適に進められます。ただ、出社至上主義とか対面コミュニケーション重視、みたいなものが入ってくるとフルリモートで働くのはやりづらくなるところもあるので、周囲の環境次第の面はあるだろうと思います。大変だと感じるのは、あまりにも天気が良くて仕事を放りだして海やマングローブで遊びたい!ってなる時ですかね(笑)。誘惑に打ち勝って仕事に集中するのはなかなか大変です。ただもっと深刻に大変なのは、台風の影響です。いま住んでいるところもそうなのですが、場所によっては停電が長くなりがち(2024年の台風では丸2日以上停電)で、そうすると、電気・ネットワークの確保も困難ですし、なによりそもそも仕事できるような温度・湿度ではない環境に…。しかも、こちらは停電して大変な思いをしているのに東京は快晴だったりするので、社内はともかくお客様にどう説明しよう、とか、悩むことはあります。また、私も年に数回東京に出張するのですが、台風とタイミングがぶつかってしまうと飛行機が飛ばず、行けない・帰れないということが起きて予定が大幅に狂ってしまうということもリスクとなります。自分だけの話ならまだ良いのですが、周囲の方にご迷惑をおかけしたりすることになるとやはり気を遣いますね。Q.島の都会と、島の田舎の集落の暮らしの違いは?A.それぞれに特徴がありますが、都会の中での場所や集落によっても違うので、一概にこう違う、とも言いにくいものがあります名瀬の中心部(市役所徒歩5分圏内)に5年半、その後笠利の海沿いの集落に来て1年半くらい経ちますが、我が家にとっては名瀬の中心部の便利なところで島の暮らしに慣れ、田舎の集落に覚悟を持って引っ越せた流れが最適だったと感じています。名瀬暮らしは便利でしたし、台風の時もそんなに影響が出なかったのは良いところでした。買い物行くのも病院行くのも屋仁川通りに飲みに行くのも近い(屋仁川通りからはなんだったら歩いて家に帰れる)し、みたいな(笑)。一方で、今住んでいるところは名瀬まで1時間くらいかかるし、コンビニだって車で15分くらい行かないとないし(Aコープの方が近い)、病院に行くのも遠い(特に歯科…)。荷物の宅配も名瀬のときは時間指定できましたが、こちらは不可(ガレージに置き配してもらえるので冷蔵・冷凍じゃないかぎりそんなに困りませんが)。不便になったのは間違いないですが、一方で「島の暮らし」をどっぷり体験できていて、集落の浜下れ・六月灯・八月踊りなどの行事を楽しんでいます。私も「40歳はまだ若手」という集落の世界で、青年団と子ども会育成会の活動を両立しながら集落のみなさんとだんだん仲良くなり、子どもが少ない集落なので子どもたちはみんなにかわいがっていただいています。小学校も全校生徒50人くらいなので(笠利ではこれでも2番目に大きい)、親同士も含めてすぐ知り合えて、家族ぐるみで一緒に遊んだり、習い事に誘ってもらったりとか。運動会も「校区運動会」で集落対抗の大人の競技がメインだったりします(笑)。また歩いて5分で海に行けるし、車で数分行けばシュノーケルできるようなきれいな海が広がっていたりして、海や自然を感じる環境になったのが個人的には気に入っています。ただ、我が家が住んでいる集落は比較的自由で、集落行事なども強制されることが少ないので暮らしやすく、子どもが小さいので集落のみなさんに気遣っていただいているという点もあり。集落によってもこのあたりの環境は違うようですし、名瀬の中でも島ならではの行事などに力を入れている場所もありますし、このあたりは都会と田舎、と一概に言えるものでもないのかなと思います。その「こう違う」を説明しきれない、集落ごとの個性みたいなものが、奄美大島の魅力でもあるのかもしれません。>> 奄美群島への移住事例一覧に戻る