奄美大島への移住支援サイト ねりやかなや

「ねりやかなや」とは奄美地方の方言で、
「海のかなたの楽園」の意味です。

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MASUMI~奄美群島への移住支援情報サイト「ねりやかなや」運営

(2016/4更新)

シングル アラフィフ 東京出身 奄美大島在住 サイト運営

2007年7月移住。
東京生まれの東京育ち。製薬メーカーのOLを辞めた後、外資系戦略コンサルティング会社数社を渡り歩きながら、主に経営危機に陥っていた企業を再生する仕事をしていました。
30歳で結婚した夫と結婚当初から「いつかは田舎暮らし」を合言葉にハードな日常を耐え、アラフィフ突入直後に夫と一緒に奄美大島に移住しました。でも、移住11か月後に夫がシュノーケリング中に心不全を起こし、この世を去ってしまいました。
どん底の精神状態から救ってくれた奄美大島に感謝の意も込めて、移住支援情報サイト「ねりやかなや」を2008年12月に立ち上げました。

なぜ奄美大島だったの?

決め手は「近い&便利な割に、大自然が残る大きな島」

東京では2年で8割のスタッフが入れ替わる過激な職業だったので、よく働いていましたね。日本が誇る美術館や音楽ホールが目と鼻の先にある事務所にいながらも、仕事の関係で当日土壇場キャンセルは日常茶飯事。さらに、平日に不夜城の町で仕事をしていると、休みの日に都会に出るなんて夫婦して考えられませんでした。

二人とも都会よりも自然が好きで、休みとなればキャンプ、温泉、シュノーケリングなど、常に東京を脱出していました。おまけにすこぶるストレスフルな仕事だった関係で、結婚当初から「絶対に早期リタイヤ」と決めていました。都会で遊ぶことは全てやり尽くした感もあり、場所は山か海など自然豊富な田舎暮らしは二人の暗黙の了解でした。

でも、山か海に決めるには10年くらいかかったかも。山好きの夫は「八ヶ岳!」、私は「サンゴ礁!」でした。だけど、忙しい時が続いて、そのうち休暇は全て海外マイナーリゾートでだらだら過ごすことが多くなりました。南の島で夫婦の意見の一致を見たものの、候補地探しはそれほど真剣でなかったですね。バリ島がいいとか、フィリピンのボラカイ島がいいとか、軽い気持ちで考えていましたね。

厚生年金を受け取るために、20年の加入期間はサラリーマンでいることにしていましたが、達成したので早期リタイヤが視野に入ってきました。そして、夢見る海外移住から現実解として南西諸島に移住先は変わりました。英語圏であれば言葉に不自由するほどではなかったけれど、文化が全く異なる地は暮らすとなると理解しえない部分がありそう。また、セブ島で夫が熱を出し、お医者様にかかったのを機に医療体制も考えるようになりました。

南西諸島に絞ったのは、サンゴ礁の北限という単純な理由ですね。沖縄の島々を中心に、5年くらいかけて島めぐりを繰り返していました。海外出張で貯めたマイルは使い果たしましたね。そのうちに、最終報補は石垣島、沖縄本島、奄美大島になりました。その理由は、東京からの直行便があること。両親が当時は東京で健在で、友達もみんな東京。そんな単純なことで決めてしまいました。

奄美大島は沖縄に向かっているときに飛行機の中で見つけました。実は奄美大島がどこにあるのか、それまで知らなかったです。機内誌の航路マップを見ていて、「大きな島があるじゃない」。調べてみると、サンゴ礁の北限。沖縄の島に決めてしまう前に、候補から振り落とすつもりで奄美大島に行ってみました。

厳しい季節のはずの冬に行ったにもかからわらず、「わー、滅茶苦茶いいところじゃない!凄く暮らしやすそう」が夫婦揃って意見でした。

東京から直行便も出ているのに、驚くほどきれいな海。緑豊かな山が開発されずに残っていて、ゴルフ場だらけの沖縄とはまるで違う!そして、アスファルトで覆われ、人で溢れ返る都会の沖縄との違いは一目瞭然でした。でも、適度に大型スーパーやドラッグストアもあるし、県の支庁もあるし、病院も沢山あるじゃないですか。沖縄本島と同じくらいの面積で、場所によって雰囲気が変わるから、島の中だけでも飽きないとも思いましたね。

移り住むまでに一番苦労したことは?

住む家が見つからない!の一言です!

奄美大島と決めてからの道のりが長かったです。5年間かかってしまいました。その経緯は、奄美に住もう>住まい>移住者たちの住まい失敗談>いきなり新築移住はお勧めできません! を見てくださいね。

家探し以外では、島自体の情報が集まらないことでしたね。今と違い、当時はインターネットを検索しても観光じゃない生活情報はほとんど集まらなかったです。奄美空港のロビーに売っていた奄美本を買いあさっていましたね。でも、勉強不足だったから、集落のこととか慣習とかは住んでから理解するようになりました。

移り住んでからびっくりしたことは?

自然の豊かさと厳しさ、肌で自然を理解している島の人々の心の豊かさです

塩害など家にまつわること以外でも驚くことは沢山ありました。本州の四季は感じられない、どちらかと言うと長い夏と短い冬というアバウトな季節感です。でも、確実に夏に向かっているとか、冬が始まるとかを自然から感じます。3月半ばから始まる短い新緑は若草色ではなくてショッキンググリーン。夏前の大潮の干潮はリーフの外側まで海水が引き、島の人たちはイザリと称する魚も貝も獲物になる潮干狩りに行きます。

自然は恵みもあれば、「うわー!」という場面も。見た目はムカデの親戚のようなヤスデの大量発生を経験しました。毎朝、生死を問わずヤスデを掃いて集めていました。梅雨明け前に飛来してくる何万匹というシロアリも風物詩と思って対処できるようになりました。自然界の昆虫としての自覚しかない、網戸に張り付いている巨大ゴキブリが殺虫スプレーを噴射する私に向かって攻撃してきたこともありました。

真夏は高気圧が張り出して「これぞ、南の島の夏!」。外洋に囲まれているため、最高気温は33度くらい。東京よりも暮らしやすいです。でも、台風の脅威は「凄い!」の一言に尽きます。数時間で通過する本州と違い、2泊3日の滞在が当たり前。停電することは滅多に起きなくなりましたが、それでも台風前から冷凍庫の高い食品を食べ始め、台風中は家に籠りきりになりますが、普段はやりたくない書類整理とDVD鑑賞に明け暮れます。もちろん、台風通過後は家や植木、車の水洗いが待っています。

冬は12月末から2月上旬と短いですが、それなりに寒く、大陸からの北風が体感温度をさらに下げます。晴れる日はほとんどなく、雨または曇りの連続。でも、湿度が高いので、リップクリームもハンドクリームも使いません。

島で暮らしていると、人間も自然の一部だと素直に思えます。自然の驚異を相手に人間が逆らうなんて無理。泣こうが喚こうが台風はやって来るし、虫も来襲してきます。自然のリズムに人間が合わせていくのが正しい人生の過ごし方、人間関係なんて自然の営みで考えたらちっぽけなことだと思えてきます。

夫が突然亡くなった時は、周囲の人々が本当に尽力してくださいました。家から送り出したい一心で葬儀を家で執り行いましたが、集落の皆さんがお願いするわけでもなく仕切ってくださいました。食事も喉を通らなかった時には「これ、夕べの夜ご飯の残り物だけど」と出勤前に差し入れなど、いろんな食べ物を持ってきてくださったり、一人で心細かった時に泊めてもらったりもしました。精神的に立ち直るまで5年くらいかかりましたが、その間、多くの人々が陰ひなたで気にかけてくれました。

人間の生死も島では当たり前の出来事。亡くなっていくおばあちゃんがいれば、生まれてくる子供もいる。その当たり前の出来事が都会では身近な人だけの出来事ですが、島ではみんなの出来事。みんなの出来事だから、辛いことも嬉しいことも一緒に分かち合う・・・この感覚が島ライフなんだと思います。

なぜ移住支援情報サイトを立ち上げたの?

この素晴らしい奄美の島々を一人でも多くの人に知ってもらって、
暮らしてみたいと思う人の手助けができればと思っています

私が奄美大島に移住した頃、奄美の島々はほとんど無名でした。「奄美大島に引っ越す」と知人に言うと、「どこにあるの?」が大半の人の反応でした。こんなに素晴らしい島々が日本にあるのに、知らないなんてもったいない!とブログを書き始めました。夫が亡くなってしばらく経って、「このままじゃおかしくなって、お世話になった島の人に迷惑をかけちゃう」精神状態から脱出しようと考えたときに、ブログの読者が友人ばかりではないことに着目しました。島に暮らすための情報サイトをやろう!

サイトの立ち上げの時から今まで多くの方々に助けて頂きました。「人口が少ない=大変」ではなく、「=みんな顔見知りになる」ので、何かを始める時に回りの人々は自然と協力してくれるのが島です。たまたま行政が移住のための協議会の準備に入った時とサイト立ち上げの時期が一緒で、その時点から奄美群島の行政、民間の人々と一緒に奄美群島での移住支援の在り方や受け入れ方を協議し、実践するようになりました。奄美群島の島々を飛び回りながら、一人では絶対に成し得なかったことを多くの仲間と実現しようとしています。

でも、働き方は東京時代とは変わりました。稼ぐために働き、稼ぐために抱えたストレスを抜くためにお金を使うのが東京での働き方だとすると、稼ぎは少ないけれどストレスはないですね。時間の流れは良くも悪くも島時間。できる時に焦ることなく出来ることをやりながら、自然に逆らうことなく自然に備え、自然を楽しむ。これが私の選んだスローライフなんだと思っています。

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